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2009年11月 7日 (土)

西大寺学区の住民運動会は、旧町内会単位でチーム

昭和47年に新住居表示になったから、37年が経ったわけだが、生活場面では、町内会は旧町内をそのまま継続している。だから、西大寺2丁目町内会というのは、存在しない。

秋の住民運動会のチーム編成も、旧町内毎。

旧町内の色分け地図をつくろうと、地元の方々を訪問して、いまも旧町内が存続していることを知った。だから、町内会の世話役は、旧町内の範囲図を、自前で作っているようだ。

22時22分、眠たいぞ・・・。

2009年11月 6日 (金)

公民館文化祭が明日、明後日

今日は愛郷会の展示室作りだった。

展示は地図が5点。西大寺の旧町内の区域を色分けして、来場者の思いでを聞かせてもらい、掲示できることは書き記そうとおもう。

旧町内地図に対比して、昭和47年に始めた新しい住居表示の区分地図。

昭和38年と昭和32年製の西大寺全図。それと、もう少し前の西大寺地図。

模造紙大にそれぞれ拡大コピーしたものだから、見やすいとはおもうが・・・。50年ほど前の地図を見ながら、来場者が思い出すことを押さえていきたい。

2009年11月 5日 (木)

えっ、巨人が勝った?

6時過ぎから野球を見たり他の番組を見たり・・・。1-0でリードされたまま、藤井投手を打てそうもなく、こりゃ負けるな・・・と思った。8回投手交代で、デッドボールでイースンヨクが出塁した。そこでチャンネルを他に回して、戻したら、同点。

2階へ上がって、パソコンを開いたら、9回高橋勝ち越し弾で2-1と日ハムリード。「なんじゃい」と思って、速報を見ると、2-2になっている。亀井が本塁打。

携帯のワンセグを見ようと、チャネルを探している間に、劇的な結末がついていた。チャネルにたどりついたときには、原監督の弾んだ声が流れた。

この間の動きの早さ。そして、予想外の展開にビックリ!

藤井が続投していたら、どうだったか。疲労が出たか、そのまま抑えたか・・・。手堅く交代をしたことが、均衡した全体の空気を動かしたのか。

打たれた側はガックリだろう。しかし、移動日の間に気分転換するのだろう。

松井がMVP。6打点。夢をかなえた。「日本の優勝と比べたらどうだ?」という質問に「こっちの方が素晴らしい」とは言わなかった。しかし、「いまが最高・・・」とニューヨークの歓喜に応えていたのは、宗教家の教育を受けた松井らしい。

巨人ファンにはたまらん日になったな・・・。負けると気分悪いから、私もファンか?

2009年11月 3日 (火)

鑑定団で知った「市弘の鑿」

120万で買った12組の鑿(ノミ)が、今日の鑑定では300万。大正から昭和にかけて存在を知られた名工で、グラインダーを使わず手作業で優れた鑿を作り続けた、二代目市弘。

初代の兄が亡くなり、18歳で二代目に。

企業としては、三代目のとき平成18年に廃業になっていた。

鑑定者の曰く「幻の鑿。3セットあると言われ、今日のこれ以外に2セットあることになるが、どこにあるかわからない・・・。名品です。これを使って、名作を作ってください。」

出品者は木工製作業。東京都認定の「木工マイスター」。埼玉県草加市で本業の傍ら、若手大工さんの指導も。

研鑽、練磨が欠如した我が半生だから、こういう名品とその作者とそれに出会ってその価値が解る人を知ると、残る時間に、その境地を味わってみたいと思う。

いまはこのレベルでも、続ける才能があれば、進化していくことは可能だと信じたい。振り返ったときに、やっぱりそうだ・・・と言いたいもんだ。

2009年11月 2日 (月)

冬の寒さを予感させる今日の天気

一日中、強い風が吹き、部屋の中も冷たさを感じる日だった。そうか、冬はこれより冷たくなるのだ・・・と、思い出させる冷え方だった。

11月は日曜日ごとに行事がある。8日は西大寺公民館の文化祭。15日は岡山市吟剣詩舞道連盟の50周年大会、22日は西大寺文化資料館主催の高橋秋華展、29日は来年の国民文化祭岡山大会のプレ行事の岡山県吟剣詩舞大会・・・という流れ。

舞台で発表するという機会があることは、有難いこと。体調、声調を最高に整えて、作者の思いを聴衆に届けて、聴いて良かった・・・と言ってもらえるようになることだ。吟じる詩はそれぞれ別々だから、練習の配分を上手くしておかなければいけない。

自己満足に終わらないように、凛とした声が出るようにレベルアップだ。

2009年11月 1日 (日)

閑谷学校に初めて行った

閑静な谷間・・・閑谷か、と思うようなところ。ここに1670年に創建された、庶民を教育して地方のリーダーをつくる学校であった。現存の建物が完成したのは、1701年。1868年に在学生54名(このうち家中武士の子は15名)を数えた。

「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」

「古の学者は己の為にし、今の学者は人の為にす」

1冊200円で、「あいうえ論語」(財団法人 特別史跡旧閑谷学校顕彰保存会 編)がある。そこに「あ~わ」を始めとする論語の教えを収録している。

明治維新からの欧米先進国への追撃を可能にしたのは、江戸期の庶民教育の普及であった。池田光政公は、その中でも先頭を行く優れた藩主であったと思われる。

今回の閑谷学校行きは、「光政公坐像」を初公開というのがきっかけ。しかも、10月31日が最終日であった。県外含め、多くの人が来ていた。人が少Photo_4ないときに、もう一度来よう。

坐像がよく見えない。カメラにズーム機能が無いので・・・残念。

天井の梁は、講堂の中の「飲室」(学生たちの休憩室。ティールーム)

Photo Photo_2 Photo_3 瓦の紋は、「揚羽蝶」。池田家家紋。

2009年10月30日 (金)

ネコの避妊手術

今年6月30日に新聞店にあるイナバの物置の下に隠れていた子猫を捕まえて、叔母の家で飼い始めた。4ヶ月目の今日、避妊手術をした。

昨夜9時から絶食。朝9時半頃、病院へ。陽が暮れて6時半、病院へ迎えに行った。

診察室の台のの上に、カゴに入ったネコがいた。こっちを見て、「ニャー」と鳴いた。医者が手術の説明をしてくれた。手術をした部位を見せてくれた。お腹の真ん中あたりに、切って縫ったところがあった。

ネコはびっくりしただろうな。昨日の夜から様子が違うな・・・と思っていたに違いない。

ネコの血液を採取して、エイズと白血病に罹っていないかどうかの検査も受けた。無事だった。

しばらくはオトナシクしているだろうな・・・。無事でよかった。

2009年10月29日 (木)

小国寡民・・・老子さんは言う

小国・・・小さな国、寡民・・・人口が少ない。つまり、田舎。

その食を甘(あまし)とし  その服を美とし

その居に安んじ  その俗を楽しまん

田舎のままの衣食住に満足し、田舎の風俗、文化をこよなく楽しんで生きる。

行動範囲が狭くなったとつくづく思う。人生の段階をこなして、ゆとりある今なら、それも良いが・・・・。ちょっと違うから、寒いものがある。

「立志 練磨 靖献」という人生訓を考えた。いまさらではあるが、「老いて学べば、死して朽ちず」であることを目指して、古人の経書を読むうちに自分が欲している語を選んだ。

朝の番組「どーも気になる」で、デビ・スカルノさんが「派遣おばさん」で職業体験をするコーナーがある。先日は、東京・文京区で「賄いつき下宿屋」を50年続けているところに派遣された。学生が23人だったか。男ばかり。皆、真剣に未来像に向かっている。下宿の85歳の寮母さんは「こんな学生さんがいるのだから、日本の将来は大丈夫だと思う」と。

こんなアラ60がいるのだから、日本の将来は大丈夫!・・・と言われるようにしたい。

2009年10月27日 (火)

労働組合は保守勢力

地方出先機関を地方分権の方針に従って、組織変更しようとすると、労働組合から「賛成しない」意向を示される。増田前総務大臣がテレビインタビューで語っていた。

今の日本の労働組合は、正社員の労働組合。組織率は20%を割って、「構造不況業種」と自嘲的な診断を下している関係者もいる。

昨年秋以降のリーマンショックの不況の中では、派遣労働者を守れない実態が示され、いま政権交代した中で、行政機構改革に抵抗する勢力との見方が広がる。

かつて、黎明期の労働組合は、新しい日本をつくる勢力だった。働く者の権利を守り、賃金を上げ生活を改善するために存在した。いまもそのことは変わりはないが、どこか違ってきた。

経済のグローバル化に伴い、国内だけの発想では対応できなくなった。社会の構成組織として歴史を積むうちに、自己変革がおろそかになった。現状維持で推移してきた。だから、保守勢力と言われるようになった。所詮は「予算団体」だ。

民主党政権下で、これからの変化に、如何に対応するべきか。

労働組合が賃金を上げることの影響力が低下してきたころ、「文化活動」に存在意義を求める動きがあった。いまその成果は見えないが、この路線を追求することは、いまだからこそ大事だと思う。日本が日本を必要としているのだと思う。いままでとは違う現代の日本の世相を嘆くなら、これが日本だ・・と伝えるものを明らかにしたい。

ちょっと抽象的で読み辛いこととなりました。反省。

2009年10月26日 (月)

見延典子 著 「頼 山陽」

上下二巻。上を4分の1ほど読んだ。頼山陽は若いとき、父親と不仲であったと聞いた。その理由がよくわかった。また、後年、「母を奉じて嵐山に遊ぶ」と題した七言絶句を作り、「冑山の歌」(律詩)に見られるように、山陽が母にかける思いやりの深さが何故であったのかがよくわかった。

見延さんはどれだけ資料を集めたのだろう。父・春水、母・静、叔父の春風と杏坪、菅茶山、そして山陽。登場する人物のキャラクターを巧みに描き出している。

今後、頼山陽作の詩を吟じるときは、気持ちの乗りようが違ってくるかな・・・。

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