無料ブログはココログ

« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »

2008年11月29日 (土)

炳熾の明・・・・とは

人間の一生を分けると、「少」「壮」「老」の3区分。で、「日の出の陽」は「少」、「日中の光」は「壮」、そして「炳熾の明」は「老」。「少」「壮」「老」その時々の集められるパワー。

蝋燭がもう消えようかという頼りない明るさが、「炳熾の明」。

60の手習い。書道にフルートに、絵画に・・・漢字のこと漢詩のこと漢文のこと・・・人のことを素直に聞くことがなんでできなかったのか。そんな思いがなぜだか過る。

2008年11月28日 (金)

繰り返し何回も書くことにしよう

漢文で日記をかけるようになろう・・・・。そうすれば漢詩をつくりやすくなるだろう・・・・と考えて、「漢文力」を買ったら、自分の目論見などチャンチャラ可笑しい、どっしりとした内容だ。

第一部 内面と外面

第二部 あの世とこの世

第三部 自然と宇宙

第四部 自分を生かす

第五部 文明のからくり

著者の加藤徹さんは「漢文を読み、そこに展開されている古人の思索を追体験することによって身につく力。歴史や宇宙など、より大きい時空のなかに自分を位置づけ、明日を生き抜くための設計図を描く力。それを本書では「漢文力」と呼ぶことにします。」として、本書をつくられた。

第二部第3章「生まれてくる不思議、死んでゆく意味」で「汝の身すら汝の有に非(あら)ざるなり」(自分は、自分自身を大自然からレンタルで借りているにすぎない)、漢文ではこのように言うと紹介しています。

舜問乎丞曰「道可得而有乎」。曰「汝身非汝有也。汝何得有夫道」。舜曰「吾身非吾有也、孰有之哉」。曰「是天地之委形也(下略)」。(『荘子』知北遊篇)

原文があって、それを解説する中に著者は思いをこめていく。

学ぶことにおいて、筋肉運動は必須だと思い出し、黙読ではなく手読?で書くことにした。まだ「而」とか「乎」の役割がよく解ってない。これも語学だから、考えるよりも慣れる、習慣化することだ。

「わが身は天からの借り物」という考え方は、古今東西の真理だ。「アホは神の望み」でも村上先生が同じように説かれていた。

2008年11月27日 (木)

410円の風呂に行った

ごみ焼却場の一画に風呂がある。トレーニング施設もあって「健幸プラザ」という。ボーリングをして温泉が出たので風呂ができた。ごみ焼きで出た熱の利用施設。

温泉なので入湯税が70円かかる。それで410円の入浴料金となる。

浴場は長方形で浴槽も長方形のシンプルなもの。ガラス戸の外にも浴槽で、一応露天風呂か。広い風呂はいい。神戸にいた頃、風呂好きの先輩がいて、銭湯もあちこちあったから、よく行った。風呂上りの生ジョッキがうまかった。

あの震災の直後から1年余り過ごした神戸・六甲道でのこと。このとき以来、風呂好きになったようだ。

2008年11月26日 (水)

なでしこ植え替えしたが・・・

9月9日に種をまいて、10月10日に2.5号ポットに植え替えしていた。17個のポットで皆無事に大きくなった。育ちように差はあるが・・・。もうそろそろこのポットも小さくなったなと思い始めて幾日か・・・。窮屈そうな様子が気になってきた。

プランター4つ、花の土と赤玉土小粒を各2袋買って、1プランターに4つ植えようと考えたが、窮屈そうなので3つに変更。プランター2つ、土各1袋をまたダイキまで買いに行った。作業始めたのが4時半頃か。追加を買いに行ったときは、薄ねずみの雲が残照をバックに筆で幾筋にも跳ね上げたように西の空にかかっていた。家に着いて2つのプランターの作業を始めたときには、暗くなっていて、毎朝愛用の小型懐中電灯が必要だった。

気がかりが一つ解消。長期予報によれば12月は厳寒らしい。何を注意しなければならないのか教えてもらわなければ・・・。

2008年11月25日 (火)

若いわねェー

今日は詩吟講座の日。90歳と86歳のご婦人と77歳の男性が生徒さん。

練習する詩は、陶淵明の「歳月人を待たず」12行の五言詩。

「もう十一月も済むなぁ。」

「歳月人を待たずじゃ」

「なんぼになったん?」

「この間誕生日で、90。91かと思ってたら90だった。あんたはいくつ?」

「来年きたら87じゃ」

「わかいわねェー」

2008年11月24日 (月)

鍋料理で思い出すことがある

昭和30年代だろう。鐘紡南社宅にいた頃だ。2階建て6・6・3・8畳と台所と玄関のまどりだったような。寒くなると、鍋料理。野菜に豚だったと思う。鍋は丸い煮物をするやつで、あの頃だから七輪か電熱器にかけて、丸型の卓袱台の真ん中にのせて、皆で食べた・・・。

鍋の真ん中には味付けのたれを入れた陶器があって、生姜やニンニクが入っていたと思う。ぐつぐつと音をたて、湯気がのぼり、たれも熱くなって、フーフーしながら食べて温まったのを、思い出す。

また、親父がつくってくれたニラ雑炊の記憶。前夜に残した魚の煮汁が朝固まって煮凍りになっていた。寒くなるとよく思い出す。

人は気持ちが落ち着くところを求める。こういう思い出もその一つ。こういうのは大脳の海馬核か扁桃核かに入っている。その鍋料理を食べたところは、いま緑化フェア会場地となり工事が進んでいる。50年ほどの時間が流れたのだ。

いま「巨眼の男 西郷隆盛」「漢文力」とあわせて「アホは神の望み」を読んでいる。

この本の帯に「バイオテクノロジーの世界的権威がたどりついた究極の知恵」とある。やさしい言葉で、わかりやすく心に染み入ることが満載。

プロローグ  アホが世界を変える

第1章     鈍いけれど深い生き方

第2章     陽気であきらめない心

第3章     愚か者こそ幸せ者

第4章     くさらない、おごらない、屈しない

第5章     アホは神の恵み

今年72歳の村上和雄 筑波大学名誉教授の著書。

2008年11月23日 (日)

沖永良部島に流罪となった西郷吉之助のこと

いま津本陽氏の書いた「巨眼の男 西郷隆盛」を読み始めた。

西郷は、久光の方針とは異なる考えであったが故に、沖永良部島に配流となった。しかも島での住いは、2坪ほどの角地に四方を壁の無い格子の囲い、屋根は薄い茅葺、床は荒莚4枚、厠もその囲いの中にあり、風呂は月3回。

格子の囲いだから、蚊の大群は出入り自由、すぐ近くの断崖に打ち寄せる波が、海の荒れたときには囲いの中に流れ込む。風は吹きさらし。

夏の終わり頃に囲いの中に収監され、月日は次第に西郷の体を疲弊させていった。2ヶ月を過ぎ北風が吹く冬になると、吹きさらしの囲いは身も凍える寒さとなった。

囲いの番人の一人、土持政照は西郷に同情し衰弱する西郷の身を気遣った。そしてこのままでは死んでしまうと判断し、独力で住居を手配し、西郷を囲いから出すことを考えた。上司である代官に「囲いでなくても、屋敷内の座敷牢でも藩庁から文句はない。それよりこのまま囲いに入れておいて西郷さんが死んだら、代官の失態になる」と建言し、西郷を囲いから出すことに成功した。西郷36歳の頃。

「敬天愛人」という西郷の基本思想は、このような艱難辛苦に負けなかった中で鍛えられたもの。

小説とはいえ、敵方の中にも支援者をつくる西郷の魅力、そして家を用意し代官に建言する土持政照の行動に泣けた。

「天心」「天意」「誠を尽くす」「人を咎めない」・・・これをいま徹底して学ばなければ・・・と思う。

2008年11月22日 (土)

地方空港は70ほどあって、採算がとれているのは4つだけ

夕方のニュースで、来年3月開港予定の静岡空港に問題発生し、開港延期になったことが報じられていた。それに関連して、地方空港が軒並み赤字であること。地方空港の経営が危ぶまれたのに建設ラッシュになったかといえば、アメリカから日本はもっとお金を使いなさいという「日米構造協議」という場で、地方空港建設の圧力があったらしい。

日米関係が揺らぐようなことがあってはならない・・・という考えの人は、アメリカの要求を入れることを優先したのだろう。

外交はその担当者同士の人間力の中身が影響すると思う。日米構造協議はいつから始まったか記憶にないが、日本の構造改革をアメリカが強く迫ったもので、毎年相当な額の予算が組まれたと聞く。地方空港もその中の一つ。それにしても、この赤字は「想定内」だったのだろうか。

誰も責任を取らない仕組みができている。「無為姑息の時代だ」それでも地球は回っている。

眠い・・・・・。

2008年11月21日 (金)

振り込め詐欺の今年の被害総額が251億円

太田総理の番組で見た。騙されるんだなぁ。

泉ピン子とラサール石井が「騙されて被害を受けた金額を、国が全額補償すべし」という提案をして、賛否を論じていた。

財源をどうするとか、そんな金はないとかいう人がいる。

おそらく誰も掴みきっていないのに、日本全体をイメージして論議する。人間ができることは手を広げた範囲のことだろう。日本全体を対象にするから、251億円になる。各地方に分けていけば、被害で支えが必要な人の顔はわかる。そうしたら、多様な支援策が考えられる。

人の顔が見えないところで立案する政策だから、百家争鳴、求心力が生まれないのだろう。中央官庁の官僚は「選ばれた人」らしい。それはそれでよいが、明治以来の体制の呪縛力に負けない意思と力を育んで、混乱する時代を進む先頭に立ってほしいものだ。

以前見た「国家の運命」の見方。

革命創業の時代

継体守文の時代

無為姑息の時代

混乱破滅の時代

革命創業の時代が巡る

いまは、無為姑息の時代。そのうち、混乱破滅の時代になる。そこから新たな時代が開けてくるはずだ。

2008年11月20日 (木)

「漢文力」 中公文庫 ¥686+税 お奨めの本

「キティちゃんの顔にはなぜ口がないんでしょう?」

キティちゃんの顔には耳と目と鼻はありますが、口はありません。ここに「魅」が隠れています。実は、キティちゃんの口は、ないことによって「ある」のです。

キティちゃんで遊ぶ子供は、心の中でキティちゃんに話しかけます。

キティちゃんの人形には有形の口がないから、子供は表情を自由に想像して、お話を楽しめる。すなわち、「未完成」の「魅」のちからです。

「鬼」を含む漢字の多くは、もともとはモノノケ(精霊や妖怪)の名前でした。

「魅」は未だ形をなさず姿がよく見えぬモノノケ・・・・・・。

引用しました。まだ60ページ(300ページほどの本)あたりを読んでいるところだが、自分のいる場所が見えてくるような刺激的な本だ。

2008年11月19日 (水)

ロサンゼルス五輪のシンクロナイズドスイミングのデュエットの曲「雅」を作曲したのは中学生の車川さん

「笑ってこらえて」が1984年の表彰する人で選んだのが、この車川さん。エレクトーンは4歳から始めた。10歳で作曲コンクールで入選。海外にも交流で行った。中学3年のときロサンゼルス五輪のシンクロの曲を募集していた。応募締め切りまで2ヶ月。雅楽はもとより邦楽全般、踊りの所作も研究して作曲をした。タイトルが「雅」。

この募集の仕掛け人でシンクロの監督井村雅代さんは、「雅」を聞いて、即決定。

車川さんと初対面のとき、「このことで天狗にならないで・・・・」とアドバイス。車川さんは「私の人生まで気をくばっていただいたのが嬉しかった。」と。車川さんはその後桐朋学園大学で作曲理論を学び、プロの作曲家に成長し、歌劇の楽曲を作り続けている。

日本のシンクロチームはこのとき以来6大会連続メダル獲得してきた。井村さんという優れた指導者がいたおかげだろう。今夏の北京五輪では、井村さんは中国チームのコーチとして、中国に銅メダルをもたらした。

なぜ中国コーチを引き受けたか。世界に日本のシンクロの考え方を広めるため。審判員の価値観の中に、日本の価値観を入れるため。いまはロシアの考え方が世界に広まっているが、そこに食い込むためには、日本から世界のあちこちに指導者が行って、日本の考え方を広めること。

と、以前、朝のラジオ、1008チャンネル「道上洋三」の番組でお話されていた。

まさに「命を知り」そして「命を立て」、「自ら靖んじ、自ら献ずる」。「自分の素質・能力を知り、それを開拓・練磨し、そして世のため人のために自らを献ずる」という生き方だ。

ひき逃げや無防備な人を刺し殺すことを間違いだと制御できない人間もいる。どこで分かれてくるのか・・・・。

「笑ってこらえて」を制作している人たちはいいチームなんだろうな・・・。

2008年11月18日 (火)

さむ!!さぶ!!寒い!!

冬の寒さを思い出した。いまかじかむ手でPCを触っている。足も寒い。寒いと活動が鈍る。意欲が減退する。でも、北の方はこんなもんじゃない。

バイクがなかなかかからないだろうな。寒いからといって、注意力が低下しないように気をつけよう。

大阪のひき逃げ事件は、ほんとに可哀相だ。

飲酒運転という悪いことをする歯止めがない。自分が異常であるという自覚ができない。自分なら事故をしないというおおきな甘えと錯覚がある。そして、自分のしでかしたことを誤魔化そう、逃げようとする。犯人は昭和42年生まれ。日本は経済成長著しく、西側諸国で第2位の経済大国になったといわれた頃に育った世代。自分の都合よくいった環境に育ったのだろう。

逃げて誤魔化そうというのが最悪だ。そんな事件報道が続く。心も寒くなる。

これから生まれてくる子らに、花を育てさせよう、木を育てさせよう、人間の構造を教えよう。人間の脳はなぜ大きいのかから教えよう。

戦後60年間に失われたものがある。それが何かを知るべしだ。

2008年11月17日 (月)

茂さん、東尋坊のボランティア

自殺を考えて東尋坊に来た人を、立ち直らせている人。いままで150人余り。元地元の警察副署長。在職中に、自殺を決めて来た夫婦を思いとどまらせ、「行政に相談しなさい」と別れた。それから1週間かそこらして手紙が来た。封筒も広告の紙であった。

そこに書かれていたのは、お役所に相談に行ったが追い返された、何箇所も行ったが同じ。中には「死ぬならどうぞ死になさい」というようなことも言われた。茂さんと会って頑張ると約束した。1週間頑張ったことは認めてくれ・・・。と綴ってあった。ある神社で首を吊っていた。

そのことが退職後、東尋坊でのボランティアのきっかけになったそうだ。いま仲間は70人ほどになったという。2ヶ月取材した模様が放映された。番組では5人が出た。2ヶ月間で13人が助かったそうだ。

昨日のブログに書いた陶淵明の詩。

守屋洋氏の訳。

「人の命には根蒂のような、しっかりした拠り所がない。まるで、あてどなく舞い上がる路上の塵のようなもの。風のまにまに吹き飛ばされて、この身はもはや、もとの姿をとどめない。そんな世の中に生まれたからには、誰でも兄弟のようなもの。必ずしも血のつながりにこだわる必要はない。嬉しい時には、心ゆくまで楽しみ、たっぷり酒を用意して近所の人々と飲もうではないか。若い時は二度とやってこないし、一日のうち二回も朝がくるわけではない。楽しめるときには、せいいっぱい楽しもう。歳月は人を待ってはくれないのだから。」

陶淵明は没落した家系といっても地主階級だから、生活に困るようなことはなく、悠々自適に暮し田園生活の楽しみをうたった。「田園詩人」とか「隠逸詩人」と呼ばれる。

ということを踏まえても、この詩の思いは持ちたいもの。西郷さんの「天心、天意」に思いをいたし、「人を喜ばせること」を第一義とする。自分だけのことに終始しない。

それにしても、ボランティアを続けられる人には敬服する。それが生活になっているのだ。敬服するなんてのは、失礼だな・・・・。

日本は欧米諸国に比べ、自殺する人の割合が多いそうだ。この10年は3万人を超えている。

幼児の頃から、花を育てることを全員に教えて実践するのが良いと思う。花に木、そして動物でもよい。

9月9日に「なでしこ」の種を蒔き、いま2.5号ポットに青々とした葉を広げる。もう大きい鉢に移植しなければならない。こうして育てて、来年4月か5月に花を見られる。生命を育てる体験を幼児からするべきだ。この年齢になって初めて種から花を育てる経験をしている。こんなのじゃ良くない。

植物が人間に与える影響にもっと敏感になることだ。

2008年11月16日 (日)

誓山流菊花吟詠大会に参加した

今年が29回大会だ。継続は力。坪井誓山先生の努力の賜物。そして、それを支える多くの方々がおられる。もう十年近く参加させてもらっているが、年々盛んになってきている。とくにこの2~3年は会員の皆さんの充実ぶりが目立つ。大会の運営も手際よく、準備に抜かりの無いことが伺われた。

今回は「後夜 仏法僧鳥を聞く」を吟じた。前回は「城山」。いつもしっかり練習しておこうと思うのだが、出来たためしが無い。今回、昨日12~3回練習し、今朝5回ばかり吟じて会場に行った。結果は、失敗はしなかった。

今夜、この詩をブログに書いておこう、陶淵明のもの。

人生無根蒂         人生 根蒂無く

飄如陌上塵    飄として 陌上の塵の如し  

分散逐風転    分散して 風を逐って転じ

此已非常身    此れ已に常の身に非ず

落地為兄弟    地に落ちて兄弟と為る

何必骨肉親    何ぞ必ずしも骨肉の親(しん)のみならん

得歓当作楽    歓を得ては当に楽しみを作すべし

斗酒聚比隣    斗酒 比隣を聚む

盛年不重来    盛年重ねて来たらず

一日難再晨    一日、再びあしたなり難し

及時当勉励    時に及んで当に勉励すべし

歳月不待人    歳月 人を待たず

2008年11月15日 (土)

戦争は戦争で儲ける奴らがPR会社を使って仕掛ける

世界で一番受けたい授業で話していた。

アメリカが湾岸戦争に踏み出すきっかけにした「クエート人少女によるイラク兵の残虐行為の証言映像」は、PR会社制作の「ウソの映像」であった。なぜこんなことのなるかといえば、「戦争で儲ける奴ら」がいるから。奴らにとっては、国家も国民も自分たちの儲けの道具にすぎない。民主主義は自分たちの欲望を正当化するために利用する。

田母神という元航空自衛隊幹部の考え方は、自衛隊内部に根強いものになっているのだろう。自衛隊員数を正確に知らないが、25万人ぐかいか。OBも入れるとどのくらいだろう。警察組織にも言われるように、「一家意識」が強くなりがちで、自衛隊がずーっと「日陰の存在」にされている鬱憤が、あるのだろう。

アメリカとの戦争が「だまされた」とか、「日本は侵略してない」とかは、きっと自衛隊内では受けがいいのだろう。

そういう場合、その考え方が、「井の中の蛙」かどうかをまず検討するべきだ。「お猪口の中」で喝采を浴びるようなものは、考え直すことだとルールを決めておく。

ごく限られた集団が日本全体を動かすようなことになってはいけない。それも税金を使わして、単細胞の勢力をのさばらしてはいけない。へんなエリート意識を持った奴が、税金でいい暮らしをして、変な正義を信仰して主張させないようにしなければいけない。

公人のあるべき姿を西郷さんはしっかりとつかんでいた・・・・。「南洲翁遺訓」を読むとそう思える。組織が出来上がって、そのシステムに乗って出世しただけなのか、その組織外に出ても、組織内におけるのと同等かそれ以上に評価をうけられる識見を持っているのかが、問題だ。自衛隊の幹部だから防衛問題のプロフェッショナルだとするのは危険だ。情勢を一般の人より多く知っているだけにすぎない。それを分析し解釈して対策に移すには見識・胆識がどうかが問われる。「自衛隊の幹部」だから、国を任せるに足る「見識・胆識」があるとは保証されない。閉ざされた組織にしない、ならないことが大事なのだと思う。

戦争はPR会社が、戦争で儲かる奴らの指示に従って、世論を作っていく。だから、簡単に「声高になる正義」を信じないことだ。

2008年11月14日 (金)

今日はお墓に供える花の豪華さ?を競う日らしい

ということで親父たちの墓参りに行った。花もいつもよりは多く持って。朝は急ぎの用事があって、昼1時過ぎて出た。まわりのお墓にはなるほど花が沢山飾られている。見るところ、どの花も自前の畑などで作った花のようだ。菊の類。

店の花はうちだけか。供花の競争というのはいつ頃からの習慣か?可愛らしいものだ。

今朝の用事は、雄神川神社というのがあって、明治14年に創建された。祭神は、「天照皇大御神 豊受皇大神宮 大国主命 少名彦邦命 神倭磐余彦命」と「孝明天皇」。その御名を有栖川宮熾仁親王が墨痕鮮やかに書かれたものが掛け軸になっていた。

明治14年だから127年前。立派な字だった。当時の岡山県令・高崎五六の手紙があった。明治の人だから当たり前だろうが、流麗な筆の運びで羨ましい限りであった。

同級生にも書道家がいる。自宅で教えているようだ。同窓会の件ではがきをいただいたとき、文字は綺麗だし、末尾に「かしこ」とあるのを見たときには、わずかの文面のハガキだったが、良い色気を感じたものだ。

文字をさらさらと書きたい・・・。60の手習いだ。

2008年11月13日 (木)

月がとっても青いから遠回りして帰ろう

こんな歌があった。いま月がとても綺麗だ。寝床から見える景色は明るい。一目で名月とわかった。今朝は配達中ずーっと月夜。まん丸で輝いている月が西の空にいつものように運行していた。

その白い輝きは、バイクのバックミラーに映り、「エライ明るい街灯だ。それにしても、いつまでも映るなー。この辺そんなに街灯があったか?」で、気がついた、お月さんが映っている。

夕方5時過ぎには東の空にまるまるとした月が、白い姿のまま空にボーンと跳ね上がったように現れた。

明日も小春日和らしい。月も綺麗だろうな。

2008年11月12日 (水)

守 破 離 の守ができてないから

「守・破・離」とは、能楽の観阿弥、世阿弥が説いた修業の要諦。これを理解し修業を発展させることができたら、満足のいく人生になるだろう。

「守」とは、基礎、基本を教えてもらった通りに習得すること。

「破」とは、身につけた基礎、基本をもとに自分の工夫を付加する。指導内容の枠を自分の工夫で破る。

「離」とは、守・破で学んだことを生かして、自分の道を追求する。指導者から離れる。

これが身についていれば幸いだが、「守」の意味すら解っていない場合は、寂しい人生だ。独りよがりで自分の能力を発揮できないことになる。守がなければ、破も離もない。

般若心経の暗唱と暗記をものにしていた過程で、習うより慣れることの意味合いを感じたのは、この守の意味だったのか。

継続しているものと自信をもっては言えないが、とりあえず詩吟がある。これを軸にして、漢文を学び詩作を練習し、人に伝えられるようになろう。

2008年11月11日 (火)

実現したこと・・・

湯だけは風呂屋。言うだけは自分の半生。新聞配達を始めて変わったことを探した。

朝早く起きる。毎日ある程度身体を動かす。遅くても22時半には就寝。般若心経を暗唱できるようになったし、276文字書ける。

この般若心経を暗唱し書けるようになるまでに、いろいろ感じることがあった。「習うより慣れろ」ということ。繰り返すこと。倦まず弛まず。暗唱も書くことも、別々の作業であったが、最近は暗唱のスピードにのって文字が現れるようになった。

今頃こんなことを言ってると笑われるだろうが、学習する流れを体験した。慣れるより、自分で考えようとばかりしていて、結局良く習得しないまま放り出していたから「ゆーだけの半生」になったのだ。

「継続は力なり」を実現した同級生を見たこの同窓会は、これからの刺激になった。遅ればせながら、「力」をつけよう。

2008年11月10日 (月)

西武が勝ってよかった

巨人が逆転負け。最終得点結果はまだ知らないが、ヤフーの画面で渡辺監督胴上げが出ていたので、巨人が負けたと知った。巨人大鵬卵焼き派なので、負けてつまらない気分はあるのだが、勝っていたら、どこかに白けた気分があったと思う。金にあかせて、他チームの4番打者やエース投手を獲得して、優勝できないはずがない。今年は若手選手がいたからセリーグ優勝できたのだ。西武に勝てなかったのは、西武の若手パワーの方が上回ったからだ。

渡辺、大久保・西武首脳陣は、花形スター街道一筋ではない人生を歩んできた。その下地が、チーム作りの方針に生きているのだと思う。2勝3敗で主力選手2名を欠いた状況から、3勝目、4勝目を勝ち取った。劣勢にも気合負けしないチーム力を作った。

巨人の選手の意識には、勝たなければならない呪縛があったのでは?それが逆転の隙となった。

いまの巨人を見てると、どこの球団?といいたくなる。広島を見ろ、選手を育ててチームを作ってるじゃないか。阪神が魅力的になってきたのは、岡田が2軍監督時代から、選手を育ててきたからだ。

バレンタイン監督が巨人のあり方に批判的考えを述べた報道があった。拍手。大リーグの方式、儲かる球団はリーグへ上納するとか下位球団から指名していくとか、弱者と強者が固定しないような仕組みを協議して生み出している。

人間はお互い切磋琢磨して、その能力を高めていくところが素晴らしい。本当に新しい価値を生むのは、人間の才能からだ。一人だけの才能では開かない。切磋琢磨の環境がいる。

2008年11月 9日 (日)

公民館文化祭のこと

舞台発表の部に4番目で出場したわが詩吟講座は、無事に発表できた。出来映えはヨシトシヨウ。朝の10時頃。舞台が始まって30分足らずの頃だ。観客40~50人か。市民会館の1階ホール。勿論、空席のほうが多い。これを観客で埋めるには、発表する人がもっと見せることに意欲をもつことだ。いまのレベルは、憶えたことを舞台の上でやっているだけ。「プロじゃない」と思っているのだろうけど、舞台に立てばもう一緒。お客さんがいるのだ。その人たちを楽しませるにはどうしたらよいか。それを目標に自分が習って発表することをどのように表現したらよいかを工夫する。

無表情に、習ったことをとにかく間違えないように、黙々と、笑顔も無く、所定の時間を終える・・・ことから脱皮することだ。

わが講座も演目を早く決めて、練習時間をしっかりとること。

魅力はつくるもの・・・。

2008年11月 8日 (土)

新しい合羽は3980円

1年半お世話になった合羽が破れてきた。上着は無傷だが、ズボンの左膝が裂け、左側面が膝から下へ裂けていた。また、お尻の合わせ部分が破れてもいた。

この合羽は通気性が不十分なのとポケットが胸ポケットだけなのも不便だったので、それらを解消するものを探した。東レ製が4980円で最高値。その下が3980円。メーカー名は初耳で「made in CHINA」。1000円差はブランド名の差・・・・ということにして、3980円を買う。

今朝は予報通り雨。ポケットは上着に2つ、ズボンに2つ。上着の内側にファスナー付きのポケットもある。生地が厚め。腰周りは余裕あり。水・油をはじく手袋も買って、雨対策にした。

汗ばんで来る。3分の1ほど配ったころ。半分配って「落とし」がある中間点へ着いて、ヘルメットをとり、合羽のフードを脱ぎ、汗取リ用のタオルを頭からとると、しっかり汗を吸っていた。作業シャツも汗で湿っていた。前の合羽の汗ばむ加減と比べようとしたが、よくわからなかった。ただ、通気性は良くなったような気がした。

良いものは高い・・・・ということだ。高いものは良いもの・・・かどうかは断定できない。でも新しいものを手に入れた当初は嬉しい気分だ。不配、誤配よドンと来い!

2008年11月 6日 (木)

奈良県の県名の由来は?

ヒントは「土地が平ら」。正解を聞くと「平らにする」というのを「ならす」という。だから「奈良県」となった。それに続いて「鳥取県」は、昔は水鳥を捕獲する「鳥取部」が多く住んでいたところから「鳥取県」となった。

こんな知識も面白いが「人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして己を尽くし、人を咎めず我が誠の足らざるを尋ぬべし」という西郷さんの遺訓を知って、その含むところを考える方がもっと面白い。面白いというより、心がしゃんとする。

最近テレビ番組は、妙に教養ぶって知識を振り回す。知っておいて悪くはないが、それはそれだけのもの。もうそろそろこういう番組は下火になるだろう。

日本国民の9割が中流意識を持っているという調査から20年ほど経った。今は、「格差社会」到来で、「不動産以外に100万ドル以上資産を持っている」億万長者が、日本には140万人余りいるそうだ。2006年の日本の億万長者上位10人には  I.T.分野の企業家、サラ金創業者、パチンコ機械メーカー、不動産会社オーナー、衣料品メーカー・小売会社オーナー、大手スーパーオーナーなどが並んでいた。

これら億万長者ご一行様は、その財力をどう使っているのだろう。

2008年11月 5日 (水)

巨人、大鵬、卵焼き

この時代標語?が解るのは、何才までだろうか。

先日見た資料では、大鵬は1960年から1970年の間、相撲で活躍。巨人は昭和四〇年代にV9という偉業を達成。当時の世の中の主流を占めている人たちの嗜好を指して、「巨人大鵬、卵焼き」と揶揄したのが共感を呼んだ。

私もその口で、いまは巨人に執着はないが、負けると何か気分が良くない。子供の頃のプロ野球の中継は巨人戦しかなかった。だから、自然に巨人ファンになっていった。川上、与那嶺、金田、広岡、長嶋、王、藤尾、藤田、宮田、堀内、高田、柴田、柳田、高倉、張本、森、いまでも覚えている選手たち。

昭和49年だったか、東京・青梅の都営住宅に住んでいるころに、カラーテレビを買った。ソニーのクリントリックスとかいう商品だった。坊屋三郎というおじさんタレントがCMしていたと思う。夏だった。通勤2時間のところだった。今日はカラーテレビが来るというので、寄り道をしないで帰った。ナイターの後楽園球場の芝生のグリーンが綺麗だった記憶がある。

いま巨人ー西武第4戦。巨人が5-0で負けている。今日はこのまま負けて、2勝2敗になるだろう。それが面白い。

2008年11月 3日 (月)

一夜明けて、昨日はよかった・・・

Img004 昨夜は何時に帰ったか憶えていないが、そんなに遅くはなかっただろう。2次会が終わったのが6時過ぎか。それから友人の家に5~6人で寄って、2時間ほどいたか、そこから歩いて20分ほどだろうから、10時にはなっていなかったはず。

今朝は3時前に目覚めて、階段を降りかけて、「あぁ今日は休むんだった」と気がついて、布団に戻った。

「良い企画じゃった。皆んな良かったと言うとったよ」と近所に住むおばさん同級生が、敬老会のプレゼントを母親に持ってきてくれたとき、教えてくれた。「記念写真の名前を教えて」と電話してきて「なかなか考えた内容じゃったし、段取りも良かった」と感想を言ってくれた奴もいた。会場でも、「演出を考えとるな」と言ってくれた。

時間が短かかったように感じた。盛会でよかった。

2008年11月 1日 (土)

11月2日が来た

半年前からとりかかった中学の同窓会がいよいよ明日。今日はもう準備作業らしきものはないだろうと思っていたが、こまかいことが時間かかった。でももうあたふたしないことだ。

挨拶文は明日朝に作ろう。あっ、詩吟の大会の分もつくらなければ・・・それも明日、不配当番のときにしよう。

みなが満足する会でありますように・・・・。祈ろう。

« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »