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2009年4月30日 (木)

黒井山のぼたん園

ブルーラインの道の駅黒井山の側の山中に「ぼたん園」があって、千坪はあるだろう。花の盛りの終わり頃だったか。いろんな色の大輪があった。「花王」「鎌田錦」「島なんとか?」などなど、いろんな名前がついている。新種を作った人が登録するときに、自分の好きなように名前をつけることができるかららしい。

ぼたんの産地は、島根と新潟だそうだ。鳥取の大山の麓でも作っているが、島根の会社が作っているから、「鳥取産」にはならない。連作ができないので、そういう措置が必要になるらしい。

黄色がひときわ映えているものがあった。「ハイヌーン」と名前がついていた。実は、アメリカ人が作った新種。今日が見ごろという。綺麗な黄色だった。

芍薬とぼたんをかけあわせたのがあった。まだ蕾で、「ぼたんが咲き終わって咲くようだ。それでは遅い。失敗だった。抜かんといけん」とぼたん園の人。

ぼたん園に隣接して「茶花園」があった。沢山の、憶えきれない木々があった。記憶にあるのは「花水木」が花を沢山つけていた。「手毬なんとか」という名前が数種。白い花が丸く集まって、枝のあちこちについていて、その丸い形が「手毬」に例えられたようだ。

木には名札がついているのだが、憶えたつもりが、出てこない。

昼寝をしていて出かけたのが2時過ぎていた。でも、陽射しと風が心地よかった。早めの晩飯を回転寿司に行って、帰ったのが6時頃。なでしこなどに水をやって、ゆっくりした夕方をすごした。これも、緑化フェアのおかげかな・・・。

2009年4月28日 (火)

一部上場企業の夏のボーナス平均が15%ダウン

ラジオで話していた。ボーナスに縁があったのは、いままでで10年間ほどか。いまのご時勢、ボーナスがあるだけでもハッピーだろう。

儲けるということを、先人の言を借りると、「君子もまた利害を説く。利害は義理に本づけばなり。小人もまた義理を説く。義理は利害に由ればなり」

事業の規模が大きくなると、経営者の価値観は変わるのだろう。トヨタがいつの間にか過剰設備を抱えていたという。世界一の販売台数に迫ったことが、何かを狂わせたのか。

日立など電機メーカーが、自動車の世界市場規模に期待して、自動車部品製造を増強したとたんに、この世界不況に出くわした。

競争は生き延びるためには避けられない。地元のスーパーの乱立?を見ていて、大変だ。なんでまた新規出店してくるの。ここの市場規模はそんなにあるの?それとも、先発店のどれかが息切れするまでのガマン勝負?

3000万人の人口で260年間過ごしたのが、徳川幕府の江戸時代。鎖国をして、3000万人の生活を維持した。

黒船来航でヨーロッパ先進国の介入?が始まり、鎖国を止めて、世界と付き合い始めてから150年余り。

お金はいまや世界中を勝手に走り回る。我利我利亡者どもが掻き乱す。

お金にモラルを求める声も上がってきた。「利害は義理に本づけばなり」だ。

2009年4月27日 (月)

3日間のご無沙汰だ

今月はブログを飛ばした日が多かった。この3日間は、高校同窓会の小冊子とパワーポイントでスライド制作のため、ブログ書く時間を取れなかった。幸い今日の最終打ち合わせに間に合って、小冊子の製本作業を共同ですることができた。スライドもほぼできた。

久しぶりに見る卒業アルバムで、木造の教室と廊下、そして「購買部」の板が下がったいわゆる「売店」は、懐かしさ一杯。今日の試写で、皆、同じように感じていたから、当日も40余年前に飛べるだろう。

なでしこが咲き始めてもう1ヶ月になるか。まだ花は咲き誇っている。小ぶりな可憐な花だがしっかりと花を保っているのが「大和撫子」になったのだろうか。

2009年4月23日 (木)

県立図書館に行った

ここはオープンしてから何年経つだろう。以前、来た時は、駐車場の空き待ちの車が道路に並んでいる時ばかりで、いつの間にか足が遠のいていた。今日は高校の同窓会のホテルと打ち合わせに代表世話人のFに随行で岡山に出て、帰りにここに寄ることになった。

昼前で、館内でFお奨めの?スパゲティーナポリタンを「熱いうちに食べる」というアドバイスに従って食べた。

30分ばかり見学して、登録して2冊本を借りた。さすが、蔵書は豊富。居心地も良さそうだ。せいぜい利用しよう。

2009年4月22日 (水)

パターンが決まった運動は鍛えることにはならない

おはパソの道上さんが今朝話してた。腹筋を鍛えるのに、ボールを足ではさんで、頭を上げて腹の方を見るとかなんとか、そういう運動を指導した先生がおっしゃったらしい。

腹筋を鍛えるのに身体を寝かして上半身を起こす運動を繰り返すが、単純に同じ運動を繰り返している場合は、思うような効果は出て来ないそうだ。

ワンパターンという語がある。

ワンパターンのときは、楽してる。

2009年4月21日 (火)

白ネコは、あの世に行った

冬の間は家の中で過ごしているのだろうと思い、姿が見えなくても心配はしてなかった。暖かくなってきたのに、歩く姿が見られないので、どうしたのか・・・と気になっていた。今朝仕事から帰ると、母親が「だいちゃん死んだんじゃて・・・」と。飼い主のKさんに聞いたところによると「1月のある日、夜帰ってこないので近所を探し回った。遅くに入り口で音がしたので出てみると、顔を血だらけにしたダイちゃんが倒れていた。事故で怪我をして、家までやっと帰ってきた。すぐ獣医に診てもらい処置をした。しばらくは、家の中に留めて、様子をみていたが、亡くなったそうだ。」

賢いネコだから、事故に遇う事はないだろうと思ったのは、勝手な思い込みか。可哀想な結末だ。

普通なら、朝、配達を終えて帰ると、バイクを置く庭?にある台の上で前足に顎をのせて気持ちよさそうに眼をつぶっているはずだった。残念な事故だ。安らかに眠れよ。Photo Photo_2 Photo_3 Photo_4 Photo_5

2009年4月20日 (月)

なでしこと牡丹が咲いている。なでしこは去年9月9日に種をまいた。約6ヶ月。花が咲くまでに、これほどの時間がかかる。牡丹は母親がいつ植えたのか、咲き始めるまで知らなかった。

昨日は詩吟の誓山流の30周年とのれん分けした魁山会誕生の記念大会に参加した。坪井誓山先生の志気が行き届いた、いつもながら、気持ちの良い吟詠大会であった。出席の顔ぶれも、吟剣詩舞振興会の河田会長、岡山県総連の藤上会長そして日枝理事長が勢ぞろいの晴れ舞台であった。

吟じたのは、「和歌 楽しみは」。4月2日の緑化フェアで発表したもの。よく練習したということと、この歌の内容を考えると、「昨日まで無かった花」は「上達していく会員の実力」と見ることができる。そういう意味を含んで、この和歌をすることにした。

「楽しみは 朝起き出でて 昨日まで 無かりし花の 咲ける見る時」

「楽しみは 庭に植ゑたる 春秋の 花のさかりに 会える時々」

懇親会の後、倉敷駅前の某店で2次会。電車には乗ったのだが、降りるたびに違う駅で、やっと大多羅駅に着いて、20分ほど歩いて帰った頃は、0時近かったのか・・・よくわからない。おかげで、今朝は3時30分の起床であった。仕事は無事にすませたが、帰って食事してから、すぐ睡眠補給。3時間ほど寝ていた。Photo Photo_2 Photo_3

2009年4月18日 (土)

ブログのアクセス数19993、1日平均24

一昨年1月から始めて、それほど休まず書いてきた。今月は休みが目立つが・・・。1都1道2府43県すべてから、1回はアクセスがあった。TV番組を話題にすると、アクセスが増える。皆似たような関心をもつものだ。最高は200を越えたことがあった。両備グループのCMソングが、秘密のケンミンショーで取り上げられたとき。

主婦から医者になって僻地医療に単身で取り組んだ鈴木陽子さん、東尋坊の自殺防止ボランティア茂さん、簿記検定一級を満点で合格した元歯科医院事務職の赤壁さん、シンクロナイズドスイミングのデゥエット伴奏曲を作曲した中学生・車川さん・・・ひょっとして名前に間違いがあるかもしれないが、この人達の話題がアクセスを増やしてくれた。

ブログを始めた直後にコメントをくれた人物が、中学校以来の親友であったのは、驚き桃の木山椒の木。時々来るコメントから、だんだん知っている人物か?と思うようになって、1年余り経って、彼の結婚記念日と私の次女の誕生日が同じという話題を書いたところで、判明した。東京と岡山のやりとり。

ブログを作ってなかったら、何を楽しみにしていただろうか・・・。

2009年4月17日 (金)

いま、腰が痛い

今日は植物管理のボランティアだった。花柄摘みで1日が経った。最初は、芝生の雑草取り。ついで、花柄摘み。

どちらの作業も、しゃがんでするようになる。その姿勢は、若干、腹の出ている、メタボ体型の自分にとっては、次第に負担になってきた。

しかも、しゃがんだり立ったりを繰り返していると、太腿がジワッと痛くなってきた。日ごろの運動不足なのだ。終わったいまも、腰のあたりに、疲労感があり。

2009年4月15日 (水)

今日は相談室の補助要員

好い天気で、昨日の入場者数1,200人を十分穴埋めできそう。2度目の花と緑の相談室での仕事だ。

「桜を2本植えとんじゃけど、サクランボを少ししかつけん。去年は12個。これを増やす方法は・・・・・」

「背丈の小さい桜は無いか?」

「桜を植えて5年は経つ。花が咲かん。どうしたら咲くか?」

憶えている質問はこれだけ。「クリスマス ローズの株分けの仕方」を尋ねていた人もいた。クリスマス ローズという花は、いますごい人気だそうな。相談室の前にあったので、見た。

緑化フェア会場は、花が溢れてきた。チューリップがとても綺麗に咲き誇っている。

入場者数は10万人を超え、予想より速いペースだそうな。今日、ミニトレインが復帰した。

2009年4月14日 (火)

早朝散歩する親子

10日ほど前になる。白いシャツの背中が丸くなったおばあさんが、スラックス姿で右手にステッキを握り締めて、早足で歩いているのに出会った。配達も後半だったから、5時半頃だっただろう。

「思うところあって、早朝散歩を決行しているのだな・・」と思わせる歩き方であった。

その翌日、また出会ったのだが、そのときは、左側に息子さんらしい人がおばあさんの左腕を抱えて、おばあさんの歩調に合わせて、足早に歩いていた。おばあさんの右手はステッキをしっかり握っていた。

一人だけの早朝散歩は心配だから、息子が同行しているのだろう。早朝散歩を止めたのを、おばあさんが強行してので、あわてて付き添うことにしたようにも見える。

その次の日も出会った。それから何日か出会わなかって、今朝、どうしているかなとおもっていたら、はるか前方の道を横切るオレンジ色のシャツを着た人が見えた。遠くてそれだけしか印象に残らなかった。配達順路をたどっていって、ある家の角を曲がったとき、前方右に左腕を抱えて歩く男性とオレンジ色のシャツを着たおばあさんがいた。

最初に見かけたおばあさんの歩く姿からすると、左腕を抱えて歩くその形が、どうも不自然に見えてしょうがない。歩くのたいへんじゃないのかな・・・と心配する。

でも、おばあさんの毅然とした歩きっぷりに感服。

2009年4月13日 (月)

ピンクの半袖シャツを買った

日曜日は吟士権東部地区予選会があって、音響係でお手伝い。30番づつ交代で156番まであったから96番分受け持ったか。CDをセットして、司会者の呼び出しに合わせてスタートボタンを押したはずが、ストップボタンを押して、伴奏が流れるまで間延びした失敗が1回あったが、他は迷惑かけることなく無事終わった。

帰りにユニクロに寄って、ズボンとシャツを買った。ズボンは黒と茶系のもの。シャツはピンクと紺のストライプのもの。ピンクはそれがあったので、買ってみようかという心境になったから。ズボンの色との組み合わせも私なりに考えて、無駄がないようにしたつもりだが。

お客は沢山来ていた。若者が多かったが、同じ年齢の人もいた。

イトゴとは違う安い店だ。柳井社長が億万長者になったのもわかるな。

今日のTV番組で、川島芳子が銃殺されていなくて生き延びていて、1979年昭和54年に亡くなった・・ということを立証するドキュメントを放送していた。見ていて、なんでかホッとした。

2009年4月11日 (土)

夜明けがだんだん早くなる

5時前には空が白んでくる。5時半頃に朝陽が少しのぞいてから、全体を現してスルスルと上っていく。

地球は時速1400kmで回転しているから、そのスピードで上がっているのか。

月は満月で太陽光を反射して、配達中はしっかりと照らしてくれた。

今朝の朝陽を桜の木の向こうに見えるように、携帯のカメラで撮った。

眠くて、眠くて、もうお休みなさい、あしたも元気に生きましょう。                                                 

夜明けがだんだん早くなる

5時前には空が白んでくる。5時半頃に朝陽が少しのぞいてから、全体を現してスルスルと上っていく。

地球は時速1400kmで回転しているから、そのスピードで上がっているのか。

月は満月で太陽光を反射して、配達中はしっかりと照らしてくれた。

今朝の朝陽を桜の木の向こうに見えるように、携帯のカメラで撮った。

眠くて、眠くて、もうお休みなさい、あしたも元気に生きましょう。                                                 

2009年4月10日 (金)

あれから50年

「世間知らずで思いやりに欠けるから、側について助けてくれる人が必要・・・」と説得されたのは天皇陛下。「誠実さと寛容さによって、今日まで努力することができた・・・・」と皇后陛下。

お二人で、全身全霊をかけて、皇室の責務を築き実行してこられたことに、感動する。何をしなければならないかを、常に問いかけ、行動に移すことができるには、敬愛の気持があるからだろうな。

かつてご進講に上がった団藤元東大教授が、風邪で体調を崩したことを聞いて、七草粥を届ける皇后様。

「無私」なのだ。人々の幸福を祈られるのだ。

4月8日に緑化フェア会場に秋篠宮ご夫妻が来られた。その日午前中の入場者数4000人超え。会場を回られたとき、通路両側に並んだ人々に、笑顔で手を振る姿は、公務とはいえ大変だな・・・と思った。

2009年4月 9日 (木)

なんでそうなるの・・・・

某スーパーがリサイクルステーションを設けて、ビン・カン・ペットボトル・牛乳パック・食品トレーなどを回収している。

ペットボトルはラベルをはがすのがルールなのだが、そうしない人が目立つ。今日そこで袋を交換している男性スタッフがいたので、「ペットボトルのラベルは、はがさんといけんのでしょう?」と言うと「そうです。でも、はがさん人多いよ。裏で、ワシが一人ではがしょうる。腹立つで。もっとひでーのは、ネコの死体や、ブロックのカケラを放りこんだり、この間は墓地の草取りをしたものを持ってきて捨てようとしていた。ここはゴミ捨てじゃねえんかな・・言うて・・・。もうごだじゃ、この回収するのを、もう止めようかいうとる。」

自分が楽をした分は、誰かに負担をかけている。

この回収場所があるのは、随分助かっているのに、少数の身勝手な人たちのおかげで、継続しないかもしれない。

先日のボランティアで聞いた。来場されたある人がこう言って通り過ぎた。「1000円もろうとんじゃから、しっかり働け・・」。こんな人は稀で、多くの人は「ごくろうさま・・・・」と声をかけてくれる。

それにしても、思いもよらない行動がある。どうしたらよいか・・・。

2009年4月 7日 (火)

因果応報か・・・・

我が娘37歳になる。気がかりな状態にある。3年前に離婚した。親の因果応報か。いま新たな心寄せる人あるも、年下らしい、一回り。先方の親御さんは、不満の様子。いままで母親と同居していたが、いま、彼が働く遠隔地へ転居する段取りを進めている。

47歳で離婚して、離れて暮してしまったから、親子の関係は自分の期待したようなものではなくなったのだろう。因果応報か。

いまを作ったのは、過去の私。それが娘のいまの行動に影響を与えていると思う。いかに支援するべきか・・・。

2009年4月 6日 (月)

「志があれば邪念を振り払う」ということを、今日の「佐藤一斎の一日一言」にあった。

「志」ということをよく意識するようになったのはこの一年のこと。たしかに二十歳前後のころは、その渦中と言えたのだが、省みると、無かったな。

何故だ?解ったつもりになってたのか。あの頃の硬直した精神状態が残念だ。過ぎたことをあれこれ考えても仕方ない。これから、何歳まで行けるか。90まで行くためには、何を準備しなければならないか・・・。何をするために、時間が必要なのか・・・。

昨日のTVで、空気で家を浮き上がらせることで地震から家を守ることを実現した人を知った。年齢は同じくらい。偉い奴がいるなぁ・・。町の工務店経営者。

必要と心底思うなら、その実現に邁進すべし・・・。

2009年4月 4日 (土)

2日の公演を山陽が記事にしてくれた

Photo 4月2日の「吟と書と舞」の公演を写真も大きく、目立つ割付の位置で記事にしてくれた。私はこの写真の中にいるのだから、舞台がこうなっていたのを初めて知ったわけだ。演目が終わって、フィナーレを作っといて正解だった。書道の作品がしっかり見られてよかった。

上手くいってよかった。先生はじめ書道部の皆さんも「好い経験になった」と喜んでくれた。われわれも、年寄りだけの詩吟が、若者たちと共演となり、観客の興趣が高まる中での舞台ができて良かった。機会を作ってまたコラボレーションといきたいものだ。

さあ、詩吟の活動の次の目標は、11月15日に岡山市民会館で開く「岡山市連50周年記念大会」だ。しっかり練習して、恥じないレベルにしなければ・・・。

2009年4月 3日 (金)

大阪の友人と久しぶりに一杯やった

玉野出身の大阪の友人。15~6年前に大阪で知り合った。今日は玉野の無人の家の掃除に来ての帰りに、岡山駅近くで会った。2時間半ほど呑んで、カラオケ1時間やって、9時前の新幹線で帰っていった。この9月には、京都で泊り込みの計画を立てた。 認知症の親父さんがいて、最近、施設に入ることができたそうだ。「俺らもちかいぞ・・」 とはいうものの、そうならないように努力を惜しむまい。 昨日緑化フェア オン ステージだった。幸いに上手くいった。舞台関係者とはぶっつけ本番になったが、細部にこだわらなければ、はなまる。見に来てくれた方々に感謝感謝。書道部の皆さんにも感謝。倉敷、岡山からの兄弟会の面々にも感謝。 もっと研鑽して、お客様を楽しませることができること。それが当面の目標。

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