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2009年6月29日 (月)

1時間歩いたら・・・

今日は曇りで昼過ぎでも陽射しは無し。最近水分過剰で、腹回りが膨張気味。朝の新聞配達作業だけでは運動量が不足ということがわかってきた。

昨日の吟士権大会で、「主人は毎日30分は歩いてる。もう20年続けてるからスリム。生きとってもらわんと・・・・私は何も稼げんから・・・・」と「歩く」ことを勧められた。そうです。運動して健康な身体を維持することです。

芥子山に上るコースもあるけど、時間がかかるので今後の課題にして、砂川沿いに行って、金田橋を渡って、緑化フェア会場跡地を巡り、味彩館を左に見て、砂川の土手まで直進して新橋を渡り帰るコースにした。

歩いてみると、1時間。砂川土手に上がって、ランニングしてみたら、地面を蹴って走れないのにショック。こんなに弱体化してるとは。フクラハギの筋肉が攣る。50歩も走るともう限界だった。

詩吟も声を自在に操って漢詩の内容を表現し尽くすことができると、快感だ。そのためには、それに耐えうる声帯を作っておかなくてはならない。さらに、共鳴箱としての身体、息を的確に送り続ける筋力も使えるようにしておくことだ。

この歩きは続けよう。

2009年6月28日 (日)

第44回岡山県吟士権大会が金光で・・・

一部が130人、二部が18人の出場。私は会場係。始まる前と終わった後に仕事発生。その間は、自由。

一部はお弟子さんたちの競吟。二部はお師匠さんたちの競吟。

一部の人たちの吟に、漢詩の情が伝わってこないな・・・と思っていたら、藤上会長、日枝理事長の講評にも同じ指摘があった。

言葉を吟じるリズムに乗せて言うから、言葉の味わいが消えて、節回しだけが残る。節回しにしても、無闇に張り上げる。

「詩の内容を説明する。それが聴衆に伝わるには、声も良い方がいいし、吟じ方も上手いほうがいいにこしたことはない。しかし、聴衆に何を伝えようとしているのかを、まずはっきりすることだ。」と、剣詩舞道家の視点で講評された藤上会長の指摘は納得。

来年は二部に申し込もうか。いくつか課題詩を練習しよう。

2009年6月27日 (土)

緑化フェア送別会&OB会か・・・

緑化フェアで我々に作業指示をだしていたのは、市職員でなく、民間会社のスタッフだった。その男女2人がもうすぐ岡山を去るに当り、会期中の労を慰め、これからの仕事をガンバレという気持ちをこめて、宴席を企画したオッサンがいて、それに賛同する14名が、今宵集まった。

ボランティアという一語に集まった人たちのいろんな立場は興味深かった。結果、この集まりを継続することで、だらだら食事する集まりにならないようにしようという意思を確かめ、この秋には何らかの形示そうということになった・・・と少し酔った脳に記憶している。

15名いると、多士済々。面白い人の動きが生まれるとよい。

2009年6月26日 (金)

松本サリン事件のドラマがあった

サリン被害で脳が萎縮していき視力を失い、言語も失った妻・澄子さんと、14年間心を通わせた河野義行さん夫婦と1男2女の子供たちの記録だった。澄子さんは昨年亡くなられた。

どんな状況であっても、いつも共に生きているからできることなのだろうと思う。もし、河野さんじゃない人が、犯人扱いされていたら、執拗な警察の取調べで自白してしまったかもしれない・・・。

警察は潔白を証明してくれるところではなく、犯人を作るところですよ・・・という弁護士の言葉は、足利事件のこともあって、納得してしまう。

職業意識がしでかす横暴さを戒めるのは、本人の学習でしかないのか・・・。

2009年6月25日 (木)

田舎亭

先日京都を歩いたとき、「田舎亭」を友人が教えてくれた。京都日報の杉浦記者と烏丸署の大洞部長が下宿している「田舎亭」。そのままロケで使っているらしい。石畳がくねくね続く一角にあった。

新撰組に追われた勤皇浪士が刀を引っさげて、角から飛び出してくる・・・そんな場面が自然に浮かんでくる。

さっき京都日報の2時間スペシャルが終わった。室井滋と橋爪功、大滝秀治と橋爪功のやりとりは、引きこまれる。上滑りの喧しいだけが目立つ最近のドラマという印象だが、年季の入った俳優の演技はさすが。

室井滋は美人とは言わないと思うが、目の動きの豊かな人だ。学生時代に痴漢にあうことが多かった・・・と言っていた。色気はあるんだ。柴田理恵と同じ、富山出身だったと思う。

室井と言えば、室井佑月がいる。この人は不思議な人だ。女流作家の文章を真似して書いているうちに、私にだってできる・・・で、見事、作家でデビュー。スポーツ紙のコラムでときどき見る。この前は「水野真紀は好きだけど、旦那は嫌い。番組でいっしょになったときの態度が傲慢で、何様?という印象だった。そのことが旦那に聞こえたらしく、早速、自分の著書を送ってきたそうだ。こんなのを「如才が無いというのだ」とまた切り捨てていた。旦那は、自民党代議士の後藤田氏。

2009年6月24日 (水)

革命創業感覚と無為姑息感覚の差

宮崎県知事の出した「衆院選出馬条件」が世間を賑わしている。

「おちょくってはいないのでしょうが・・・」「わけわかっとるのか・・・」「生意気な・・・」という自民党のお偉方?の声が聞こえてくる。おしなべてこの類の反応を出している人は、既存の秩序の枠内で発想している人。秩序を動かせることは大したことなのだが、その秩序が国民の利益を守らないことに国民の側が気づいてきているのに、対処する方法を作れないところが、問題なのだ。

自分が優位にあることを確認したい気持ちは、往々にして、現実を歪める。「あれは現実を解っていない。まだ若僧だ・・・。」という自分のプライドを優先した結論で対処しようとするのが、「志」を無くした与党議員の行動だろう。

それにしても、古賀さんは、遺族会会長として沖縄の慰霊集会に参加せず、宮崎に出向いたことに悔いはないのだろうか。宮崎の一議席を話すつもりが、えらい話題になって、困っているのが実情か。

幕末に新たな潮流を作った「郷士」という身分の特徴は、田畑を耕していた武士であった。上級武士のようなサラリーマン武士ではなかった。

既存の秩序で「利益」を享受している人たちには、今の秩序を変える発想は生まれるはずが無い。

既存の政治の限界を打破するのは、交代するものの「志」でしかないと思う。

権力に驕るなかれ・・・・。

2009年6月23日 (火)

記念日

64年前、沖縄は日米の戦場となり、本土出身兵65,908人、沖縄出身軍人軍属28,228人、住民約94,000人が戦死したといわれる。今日が、その戦闘終了の日。

39年前日米安全保障条約が自動延長された日が、今日だったと思う。

そして今日、10何年ぶりに、次女の声を聞いた。

2009年6月22日 (月)

雨だ、かなり降りそうだ

早朝も雨だった。大した量ではなかった。ただ、合羽を着ると暑くて・・・。下は短パン、上はTシャツにしていったが、すぐ汗がでる。少々の雨なら合羽はいらない・・と脱いだり、雨粒が大きくなってきたからまた合羽を着たり・・余分な気遣いに忙しかった。

K社の郵便受けにN紙を入れて、橋の上で向きを変えると、面した県道の右の方から大型トラックが走ってくる。待機で、ふと前を見ると、道路端に大きな水溜り。「あーーーーー」と思ったのと同時。トラックの大きなタイヤがそこを通り過ぎた。気持ちいいくらい、頭の上から水をかけていってくれた。幸いといおうか、合羽のフードをかぶっていた。が、前は風通しで開けていたので、Tシャツはびしょ濡れになった。

明日も雨だ・・・。いまは雨が降ったほうがよい。パンツは洗えばよい。雨不足は、人工では補えない・・。

2009年6月21日 (日)

粟井温泉あしもり荘と「天地玄黄 宇宙洪荒」

今日、あしもり荘へ行った。1年振り。母親と従姉妹の4人。結構、繁盛していた。主として3年目に入ったQさんは、去年と同じスタイルであった。

美味い御膳をいただき、滑らかな湯に浸り、いい気分だった。風呂上りに休もうと座った座敷の壁に、空翔る美女?たちとそれを取り囲むように引かれた幾筋もの線の間に、「天地玄黄 宇宙洪荒 日月・・ 辰宿・・ 寒来・・ 秋収・・ 閏餘・・」とある。

以前、草書体を習おうと「三体千字文」を初めのほうだけ見ていたので気がついた。

明るく可愛らしい仏画だなぁ・・と主に尋ねると、東大寺の管長の作とのこと。

温泉といえば地元でよく行っている温泉と比べると、ここの方が柔らかく、ゆったり入れる。湯上りもサラッとして、温泉の違いがあることがわかる。

家から1時間ほどの距離。今年のホタルは見逃した。秋の紅葉の頃に、また来るか・・・。

2009年6月20日 (土)

中心血圧という新たなチェック項目

血管にできた瘤など血流を妨げるものがあるため、血圧が上がる。いまの常識である「最高血圧」と「最低血圧」に加えて、「中心血圧」と呼ばれるこの血圧値のチェックが、自分の血管の柔軟性を知る上で大切になってきた。この数値が高いと「塩分の摂取量が多すぎる」などの生活改善目標が立つ。

生活習慣で病んだ身体は、なかなか治らない。若い頃は、ちょっと摂生すれば、健康体を回復できた。60を過ぎた身には、摂生の効果を知りたくても、現れてこない。

6月19日に測定した血圧は「145 と 96」。高血圧に判定される。この数値を見て、「高いのは高いが、ぎりぎりの値だ」と気休めしている・・・。気休めが何の意味も無いことは、十分承知の介だ・・・と吠えてはみても、要は、治さなければ。

2009年6月19日 (金)

呼吸のしかたを工夫してみる

無意識に息をしていると、ハースーハースー2拍子で息をしている。

それを「ハーハーハーハーハーハー」「スースー」、6拍子と2拍子で息をすることにした。この調子だと、配達の動作に乗れる。長く吐いて短く吸うことをクセつけようと思って。

まだ、配達作業全体を通してはできていない。それが出来る頃には、腹は細くなってるだろうか。

2009年6月18日 (木)

水不足が心配・・・

雨が降らない。新聞配達の時間帯には降って欲しくない雨だが、こんなに降らないと困る。

ナデシコの切り戻しで、また可憐な花がいっぱいに咲いてきた。そのプランターが6つ。去年49本の苗を植えた16のプランター。去年の苗は名前を憶えてなくて、花が終わってそのままにしていたら、去年の20分の1くらい咲いている。

これらのプランターに水をやるとき、1時間近くかかる。講習で「プランターの底から水が出てくるまで、たっぷりあげてください」と習ったから、6リットルのジョウロでプランター1つ。

緑化フェアの相談所に相談員補助でいたとき、相談に来た人の中には、植物に与える水の必要量を勘違いしている人がわりといた。少ない方に・・。

窒素・燐酸・カリの栄養素を与えれば十分かといえば、そうではなくて、ミネラル成分を与えることが、栄養素の吸収に必要だそうだ。人間も植物も同じだ。

最近、「野菜工場」がニュースになる。天候不順にも影響されず、農薬不要だから安全で、栽培期間が短縮され、立体式の栽培だから平面栽培の6倍の生産性・・・。

設備投資とのバランスで売値が高いという課題はあるようだが、これはもっと拡大していくと思う。カネボウ跡地に「野菜工場」・・・というのは如何。

2009年6月17日 (水)

やっぱり爽快

休刊日と昨日休んで、2日の休暇。今朝の天気は晴。中天に眉月があり、その両サイドに輝く星。一つは金星だろう。もう一つがわからない。この景色はいままで記憶にない。

4時過ぎには東の空の闇が群青になってきて、4時半の明るさになると、鳥たちが鳴き始める。朝の空気は、冷たくて爽快。

本日、間違いなく配達完了。

2009年6月16日 (火)

探し人さんへ

昭和61年頃のカネボウ綿糸西大寺工場の住所は「西大寺南1-2-1」が使われていたようです。当時在職の元労組支部長の方の情報です。また1989年版の「ゼンリンの住宅地図」を見ると、地図中の「裏門」あたりに「2-1」と「2-3」と表記してあります。

ただ、「ハピータウン」の店舗枠内に「1」とありますので、ここも「1-2-1」だったのか。

14日に朝の仕事すまして京都へ行った。16日16時ころ帰ったところ。お尋ねの件のご返事が遅くなりました。

大阪在の友人の誘いで2泊。寝屋川市香里園のお宅に。そして、京都・宮川歌舞練場近くの町家でご馳走とカラオケを楽しんできた。

建仁寺、高台寺、八坂神社、円山公園、清水寺、花見小路、辰巳大明神・・・・。汗かいた。

今朝、香里園から京阪電車で淀屋橋へ行く。が、電車の行き先は「中の島」だった。新しくできたところだから、終点まで行った。地上に出て、想定どうりの場所だった。ABC放送の前を通って、JR新福島駅でどっち方面に行こうか迷ったが、大阪駅に向かうことにして、北新地で降りた。大阪にいた頃に何度か寄った桜橋口地下街のレストランで昼飯にした。

いろいろ連絡したい人もあったが、遅くなるのは都合わるい・・・ということで、そのまま新快速に乗った。姫路駅が改装されてた。駅そばを、つい、食べてしまった。

2009年6月13日 (土)

4回も目が覚めた

昨夜は9時には寝ていた。目が覚めたので時計を見たら、11時前だった。トイレに行った。次に目が覚めたのが、12時過ぎ。「なんだまだまだ時間あるじゃないか・・」、そこで気がついた。昨日、玉テレ収録に備えて、10時半頃から一眠りしたとき、目覚まし時計の時間を変えていたことを、思い出し、あわてて「午前2時45分」に設定し直した。安心して寝た。そして、目が覚めたのが2時。微妙な時間だな・・と思いつつ、いつの間にやら眠りに入って、2時45分の目覚まし音で起こされた。

こんなに目が覚めたことは無い。齢をとったというのだろうか・・・。

2009年6月11日 (木)

明日は玉島テレビで収録だ

玉テレの詩吟番組で割り当て出演が来て、明日が収録日。

短歌三首。

吉田松陰の「親思う 心に勝る 親心 今日の訪れ 何と聞くらん」

大伴旅人の「吾妹子が 見し鞆の浦の むろの木は 常世にあれど 見し人ぞ無き」

       「鞆の浦の 磯のむろの木 見むごとに 相見し妹は 忘らえめやも」

松陰さんの作は、90歳と87歳のご婦人で、旅人さんの作は、私がするのだが、昨日の連絡では、衣裳があるそうだ。そして、「吾妹子」との仲睦まじい様のイメージ映像も撮るとのこと。面白そう・・・。早く寝て、寝不足を少しでも減らしておかなくては。               

2009年6月10日 (水)

暗記と暗誦

森光子さんの「放浪記」2000回公演が話題になった。

同じ芝居だから同じになると思うのは素人で、森さんの芝居は毎回新しさがあるのだそうだ。ご本人は「前回の芝居を忘れるから・・」とラジオで話していた。ある時、心中、気になることがあって、芝居中に心此処にあらずであったことがある。芝居が終わって、相方に「あの場面はおかしくなかったか?」を尋ねると、「何もおかしくなかった」と言われ、気持ちが離れていても形だけの芝居をしたことに、馴れの怖さを知り、今後への反省としたと告白していた。

セリフを憶え、情景に合わせて声に出し、観客をその世界に引きこんでいく。

40歳過ぎてこの役を掴み、そのときも結核にかかり会社が代役を検討している状況だった。「この人から舞台を取り上げたら、病気にも勝てませんよ」という主治医の理解と支援に支えられ、病院から舞台に通ったそうだ。

暗記、暗誦するから、いつまでも若いのだ。暗記、暗誦をするのが楽しくなることを考えよう。

2009年6月 8日 (月)

6月の朝の話、三題

① もう1ヶ月以上前になるか、杖をついてだが颯爽と歩く老婦人あり。その翌日だったか、左腕を抱えて共に歩く息子さんと思われる介添えがついた。それから時々お見かけした。このところは出会うこと無かった。先週、車椅子に乗った老婦人と、それを押す息子さんと出会った。足の具合が悪くなったのか・・・・。

② 去年、朝の散歩で出会う縁で、新聞を購読してもらうようになった老婦人。今年も夜明けが早くなってきた頃から、朝の散歩を再開。散歩コースに飼い犬がいて、いつの頃からか知らないが、前夜のおかずの残りを与えていたらしく、犬は毎朝、ご婦人を待つようになっていた。その犬の家に最近再び新聞を配達するようになった。以前から、ウンともスンとも言わない犬で、番犬にはならないな・・と思っていた。それが今朝、ご婦人の姿は見えないのに、立ち上がって尻尾を振り、きゅんきゅんと啼く。その家の隣はアパートで、アパートの次は道路。ご婦人はアパートを左へまがって1軒先のところで腰をかけて休憩していた。

③ 時々出会う8歳の犬。シーズー犬というのか。小型で耳が大きく鼻ペチャで、愛嬌のある顔。連れている老婦人は言う。「モー、休んでばかりでひとつも前に進んでくれん・・・」「1時間ほど散歩しとるけど、歩きゃせん・・」と。私と会うと、足元に近寄って、頭をなでると機嫌よくしている。そして、勢いよく歩き出す。

もう一題。ある家の玄関先に時々いる白ネコ。そこはいつも暗い時に配達に行く。最初に出会ったときは、玄関先に白いものが落ちているな・・と思った。近づくと庭の叢のほうへ走った。ネコだった。それから暫くして会ったときは、逃げる距離が短くなった。一昨日出会ったときは、5歩ぐらよけて、こっちをみていた。

2009年6月 7日 (日)

いつもと違った2日間

土曜日、配達してから弁当を作ってもらい(自分で作るつもりだったが・・・)7時過ぎには車に乗って一路「宝伝」港へ。8時の犬島行きの船に乗るため。

8時の渡し船に乗って行き、17時15分の船で宝伝へ帰った一日となった。何しに行ったかというと、犬島貝塚第2次調査現地説明会に参加した。犬島貝塚調査保護プロジェクトチームというのがあって、リーダーは遠部さん。いま北海道大学の埋蔵文化財調査室に在籍。

この日総勢30余名。「犬島の石おばさん 在本」さんの案内で石切り場まで見学、そして石割まで経験。そして、貝塚のある島へ渡って現地説明会。

30年前にO君が中学生のときに発見してからの年月で、崩落し始めていて、早急な調査と保護対策実施が求められる。

日曜日、配達終わって風呂に入り、髭剃りと洗髪。7時5分の岡山行き電車に乗るのに急いだ。大多羅駅には余裕で着いたが、ダイヤが変わっていて、7時10分の電車到着だった。

行き先は「金光駅」。8時過ぎには着いて、歩いて「詩吟コンクール」の会場に。既に会場には今日の運営役員の諸先生方が多勢おられた。

「幼年」「少年」「青年」「一般一部」「一般三部」の年齢別コンクールで107名が出場。(欠席が数名)私は「会場係」。

今日の会場は、一つの建物に5つの機能を持たせていた。「図書館」「農村婦人の家」「コムニティハウス」「歴史資料室」もう一つあった。詩吟コンクール会場は、収容500人の大ホール。

その図書館に本を借りに来ていたTさんに2年振りに会った。Tさんは、ハローワークのパソコン講習での同級生。会場係の用事は無かったから、しばらく立ち話。交通事故でムチ打ちになって、その影響で右手の動きが鈍くなって大変困ったそうだ。いまは大分回復したらしいが・・・。まず元気そうでよかった。

この2日間は、いつもと違う展開で、気分転換になった。でも、配達が終わって、すぐ出かけて夕方まで拘束されパターンはしんどいな。慣れれば慣れただけのペースにはなるのかもしれないが・・・。

2009年6月 3日 (水)

樹齢130年、枝面積600㎡の藤の木を移植した塚本さん

「笑ってこらえて」が表彰した1996年2月22日の人。

造園業の人に嫁いだのがきっかけで、樹木医の資格をとり、樹齢1000年の木の移植を成功させたのが評判になって、移植の依頼が増え、それまで100例以上手がけたが、失敗は一例も無い。

藤の木の移植計画は、2年がかり。600㎡を2段階で70㎡に縮め、根の張り具合も8mまで短くした。幹周りは4m近く。枝を切った切り口から腐っていくのを止める方法が見つからず苦悩した日々を送るが、奈良時代の木簡発見のテレビニュースから、墨が木簡の腐るのを防止している・・・と閃いた。また、社員が交通事故で首の骨を折ったときに、「石膏包帯」で保護した話しから、クレーンで吊る幹の保護方法を考えついた。

いま60才の塚本さん。「60年しか生きていない私が、100年200年、1000年生きている樹木を治療するなんて、おこがましい・・・」と言っていた。

移植のために縮めた藤の木は、いま元通りの600㎡に成長している。もの言わぬ藤の木が満足できる状態を作り出し、20km離れた場所へ無事に引越しさせたのは、塚本さんのに人間の深さだろうな。化粧品会社勤めから造園業の家に嫁いだのがきっかけで、樹木を助けるプロになった。目の前の課題解決に没頭する人だったからだろう。

「笑ってこらえて」は、いい人を探し出すな・・・。

2009年6月 1日 (月)

朝4時半の西大寺

西大寺の中の、松崎と大多羅あたりの、朝の4時半の景色なのだが、もう明るい。東の空にまだ太陽の輝きは無い。スズメや鶯やカラスや燕や、知らない鳥が、鳴いている。冷んやりとした空気が、新しい一日の始まりを実感させる。

新聞配達は年間10日の休み。毎朝2時45分起床。私はまだ3年目に入ったばかりだが、37年続けてる、21年続けてる、17年続けてるベテランがごろごろいる。全国に40万人と推定されるようだ。

朝の町には、道路のゴミ拾いや用水のゴミ拾いをしている人がいる。いつ何がきっかけで始められて、始めてどのくらいなるのか・・・。毎朝、見かける。

朝のトレーニングで歩いている人、犬を散歩させている人、走っている人、自分の時間を計画して使っている人が、朝の街を賑やかにする。

時に、朝帰りの人にも出くわす。もったいないな・・・と思う。自分も昔やったな。朝は始まるときだ。朝が一日の終わるときになる生活は特殊だから、そのパターンを長くは続けないほうがよい。

新聞配達をして実感するのは、「朝は毎日、新しい・・・・」こと。

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