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2010年3月 7日 (日)

「小さな日記」を久しぶりに聴いた

毎朝ラジオはABCを聴く。2~3日前、「小さな日記」をリクエストした人がいた。

小さな日記に綴られた、小さな過去のことでした 私と彼との恋でした 忘れたはずの恋でした

20歳頃によく聴いた歌。女性の側からの同じような類の歌で、森山良子さんが歌ってたものを思い出した。

あなたは通り過ぎたの 私の前を 小さな胸の真心 知らずに消えたのよ 私が初めて愛した人 このまま独りたたずみ 野の花になりたい・・・だったかな。

それから加藤登紀子さんが歌ってたものが、

一つ日が暮れて、二つ船が出る、三つ港町いつまた帰る 赤いランプが水に揺れ さよならさよなら さよならの風が吹いている

四つよいながら 五ついつまでも 六つ紫の雨に濡れてた 冷たい頬を抱いてくれた 大きな大きな大きな手の平 温かかった

七つ泣きながら 八つ山道を 九つ小石けり 帰って行った 忘れられないあの人の・・・・・・・(忘れた)

同じ頃に聞いた歌。大脳の海馬核にあるのかな、この記憶は。

今日は「吉備真備」の話を聞いた。平城京は710年から784年まで都であった。その平城京で重要な地位を占めていた寺は、大安寺と西大寺であった。「大安」とは「天皇」のことだそうな。大安寺は華厳経の研究センターで、藤原氏が作った平城京にあって天皇の最も重きを置いた寺。

東大寺は752年に大仏開眼となるが、東大寺のある所は平城京に隣接した平城京外の地。740年に藤原氏に反乱を起こした聖武天皇が恭仁京(木津川市加茂周辺)に遷都したとき、紫香楽宮に大仏を造ろうとしたのが始まり。

藤原氏が天皇の反乱を押さえて、天皇は平城京へ戻った。

吉備真備は天皇から頼りにされ、反藤原氏の立場を貫いた、気骨の官僚政治家だ。遣唐使として留学して、19年間もかの地で学んだ。

字面だけにならない歴史の学び方をしたいものだが・・・。

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